作曲家の冨田勲さん死去 「リボンの騎士」「ジャングル大帝」など シンセサイザー奏者

tomitaisao

作曲家の冨田勲(とみた いさお)さんが5日、慢性心不全のため東京都内の病院で亡くなりました。84歳でした。

シンセサイザー音楽の第一人者です。

 

冨田勲さんは1932年に東京で生まれ、慶応大在学中、朝日新聞社主催の合唱コンクール課題曲に「風車」という曲を応募し、1位になったことがきっかけで作曲家になるという道を固めました。

1969年に大阪に滞在していた時に、訪れた輸入レコード店で、モーグ・シンセサイザーを全面的に用いて作成された「スイッチト・オン・バッハ」と出会い、これこそ求めているものだと直感したそうです。

そして1971年秋頃、モジュラー式のモーグ・シンセサイザーを日本で初めて個人輸入しました。

1974年、シンセサイザーの導入から1年4ヶ月を費やしたシンセサイザー音楽作品としてのデビューアルバム「月の光」を制作しました。

 

冨田勲さんの音作りの特徴ですが、「同じメロディを何十回も多重録音し、大規模な弦楽セクションの様な演奏を作り出す」という作業によって、重厚なサウンドが作られています。

音楽を共同で担当した国本佳宏さんのコメントによると、「一つの音で最低100回は重ねていた。地方のオーケストラの一番後ろに座っているようなバイオリニストの音まで忠実に音を重ねていた。」と述べています。

また、冨田勲さんの音楽の特徴として、アルバムの演奏の随所に登場するお馴染みの音色があります。これは手塚治虫さんのスターシステムの手法を音楽に取り入れたものだそうです。

試行錯誤して自分で作ったこれらの音色に対して、「パプペポ親父」「口笛吹き」「少女のハミング」「女神のソプラノ」「森のコーラス」等と名前を付けていたそうです。

冨田勲さんは数々の作曲をこなしていましたが、代表曲としては「リボンの騎士」「ジャングル大帝」「ビッグX」などがあります。

いかにも簡単にできそうな「きょうの料理」も冨田勲さんが作曲されています。

また昭和が遠ざかってしまいますね…。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

Your Message

メールアドレスが公開されることはありません。

PAGE TOP ↑